INTERVIEW

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佐藤 恵斗

Buddy / Studio Head

「ゲーム禁止」の少年時代から一転、新卒で飛び込んだ未知の世界

INTRODUCTION
2019年8月に新設されたPvP特化型カジュアルゲームスタジオ「Buddy(バディ)」の責任者を務める佐藤恵斗さん。大学に入るまでゲームを禁止されていたという厳格な家庭で育った彼が新卒で飛び込んだゲームの世界。そこで味わった人生最大の挫折とは?

知識ゼロのまま、
突如ゲームプランナーに。

今年で入社5年目とお聞きしましたが、アカツキに入社しよう思ったきっかけは?

大学在学中にネット広告系の会社にインターンで行っていた時、そこで知り合って仲良くなった人に「他にオススメのインターンある?」って聞いて勧めてもらったんです。それまではアカツキの存在も知りませんでした。ただ、小さい頃から自分で事業をやりたいと思っていたので、「ベンチャー業界」への興味はありました。また、続ける中で、ロボットに代替されず、人間にしかできないものはなんだろうと考えた結果、「人の感情を動かす」仕事がしたいと思っていたので、その2つの点で魅力を感じましたね。

実際にインターンを経て入社した直後は、アカツキに対してどんな印象を持っていましたか?

入社前に思い描いていた「自由」と「規律」が共存した会社というイメージとそんなに大きくは変わらなかったですね。誰でも気軽に意見・行動しやすい環境だと思います。

入社して最初はどの部署/プロジェクトに参加したんですか?

最初は運営中のIPタイトルにプランナーとして参加しました。ただ、社会人としても未熟で、かつ幼少時代から「エンタメ」の類にほとんど触れた経験がなかったのもあり、苦労しました。

え! それは珍しいですね。

親がめちゃくちゃ厳しくて、ゲームもテレビも音楽も漫画も、もうすべてのエンタメが封印されていました。スポーツするか勉強するか、そんな感じでしたね。大学に入って少しは解禁されたんですけど。

まさかの戦力外通告。
人生最大の挫折を味わう。

当時の仕事ぶりを振り返ってみるとどう思いますか?

今もそうですけど、当時はめちゃくちゃ未熟だったなと思います。ゲームの知識も勿論なんですが、それよりも人から信頼を得るということに対して無頓着だったし、プロダクトを「みんなで作る」っていう意識が低かった。「自分で全部やってやる」みたいに思っていましたからね。

それは自身に対する過信がそうさせていたんですか?

当時は人から「信頼を得る」ことが「ゴマをすること」に近いと思っていたんです。そんなの、プロダクト作りには必要ないなって。実際は全然違うんですけどね。「信頼を得る」ことをないがしろにしてしまった結果、次第にチームとの距離感も遠のいてゆき、仕事の面でも孤立するようになってしまいました。今振り返ると、人生でも一番の苦しい時期だったと思います。

そういった経験って社会人なら誰もが味わう可能性があるもので、中には諦めて辞めてしまう人もいると思うのですが、佐藤さんもそうした考えは頭をよぎりましたか?

最初の数日間は頭をチラつきました。だけど逃げたくはなかったし、そんな環境下でもアカツキという会社に対してはすごくポジティブな想いが強かったので、「この会社で這い上がれなかったら、きっと他でも中途半端に終わるだろうな」って思ったんです。だから、まずはひたすら自分を振り返りましたね。「自分の何がダメだったのか」を考えたり、「自分がまわりにどう見られていたのか」を当時の同じチームだった人や、別のプロジェクトの人たちにいろいろ聞いたりっていうのを繰り返して。

そうした反省の日々の中に、挫折を克服するヒントはありましたか?

当時ご飯に連れて行ってくださった先輩の言葉は特に刺さりましたね。その人からは「信頼なきものに大事は成せない」、「成果を出したいなら信頼を得るというのも避けては通れない手段」、そして「どんな手段でも取る覚悟がないならそれは結果に貪欲とは言えない」と教えてもらいました。信頼って「ゴマをすって得るもの」じゃなくて、ちゃんと目の前の仕事にコミットすることで少しずつ「貯めていくもの」なんだなって。