INTERVIEW

01 02 03

柴田 陽一

Head of Design, Games

ゲーム、漫画、アニメをまたぐ“カルチャー好き”が仕事の原動力

INTRODUCTION
ゲームだけでなく、漫画やアニメも含めた周辺のカルチャー、それらの歴史が大好きだという柴田さんは今、海外のインディーゲームに注目しているという。その理由、そしてそこから導き出された、アカツキでこれから作ってみたいと考える「尖った」ゲームについて。

誰に頼まれるでもなく作った
ゲーム年表やレポート。

(持参してくれた名刺ケースのコレクションを見ながら)こんなにたくさんの名刺ケースを使い分けられている方にはじめてお会いしました(笑)。どれも懐かしいゲームのパッケージがデザインされていますが、これは趣味で集められているんですか?

そうですね。もう20年くらい集めています。仕事柄いろんなゲームメーカーさんにお会いするので、そのメーカーさん毎に持っていく名刺ケースを変えたり、著名なクリエイターの方と会う時には、その方が元々どこの会社にいらっしゃったかなどに合わせても変えたりするんです。

なかなかマニアックでユニークなコミュニケーション方法ですね。

みなさん面白がってくれますし、自分のことを覚えていただきやすいですからね。昔からゲームが好きだったので、自分が子供の頃にプレイしていたゲームを作った方々にお会いするのが本当に楽しみなんです。

柴田さんはいつからゲームにハマったんですか?

小学生の時、1984年の12月ですね。

かなり正確に覚えているんですね(笑)

ファミコンが発売されたのが1983年の11月なので、その翌年のクリスマスに親戚が買ってくれたんです。

最初に遊んだタイトルは覚えていますか?

『ロードランナー』、『マリオブラザーズ』、『パックマン』の3つです。

そこから今まで、名だたるタイトルはほとんど遊ばれてきたんですか?

いやいや、本当にゲームが好きな人たちに比べたら僕は全然プレイできてないです。僕はゲーマーではなく、ゲームとその周辺のカルチャーが好きなだけなんです。ビデオゲームがどういった経緯で世の中に生まれてきたかとか、ゲームと漫画とアニメが、お互いに影響し合いあって、どう発展してきたかとか調べるのが好きなんです。誰に頼まれるでもなくゲームやアニメ関連書籍の要約をレポートや資料にまとめ、頼まれてもいないのに勝手に共有している迷惑なヤツです(笑)。

ある意味、本当の「ゲーム好き」ですね。

そうかもしれませんね。だから今、自分がゲームに携われていることはめちゃくちゃ幸せです。

柴田さんにとってゲームとは、漫画やアニメも含めたひとつの大きな括りの中にあるものという認識なんですか?

はい。そこは不可分だと思っています。例えばゲーム内でCGの映像を扱うには、アニメで使われている映像論が必要だと思いますし、面白い物語であれば、小説やハリウッドの脚本術で使われている物語論も有効だと思っています。ゲーム内で登場するキャラクターに関しては漫画や小説で使われるキャラクター論を実践して作るなど、ゲームはアニメや漫画や小説などの先行メディアで培われた理論、ノウハウの集積で作られていると思っています。逆にゲームの体験設計を映像(ドラマ)に持ち込むということもありますしね。

そうした大きな括りの中で、今の柴田さんを形成した「原点」と言えるような作品があれば教えてください。

たくさんありますけど、本当に人生を救ってもらったくらいに思っているのは『うしおととら』ですね。10代のめちゃくちゃ辛かった時期に、あの作品があったから頑張れたと思っています。今もゲームやアニメや漫画に「恩返しをしたい」と思いながら仕事を続けているのは、その時の想いがあるからなんです。

インディーゲームに負けない
尖った表現をアカツキでも

最近はどんなゲームや周辺のカルチャーが気になっているんですか?

インディーゲームには注目していて、その中でも特に「尖った」ものが気になっています。開発者の信念に徹底的に従って制作されたゲームって、プレイしたら伝わりますよね。こだわりやメッセージ性が尋常じゃないので。アカツキにもインディーゲーム好きはたくさんいるので、その人達からもいろいろ教えてもらったりもしています。

インディーゲームって個人や小規模の開発チームが参入できることが魅力ですよね? やはり世界中から新たな才能が現れているシーンなんですか?

そうですね。これはもう悔しくて仕方ないんですけど、心打たれるインディーゲームのほとんどは今、海外のゲームクリエイターによって作られたものなんです。

その理由はどうお考えですか?

例えば、マーケットインの考え方で合理的にゲームを制作していくと、どうしても他との違いを生み出せないというジレンマが出て来ると思うのですが、海外のインディゲームでは、「情熱ドリブンの非合理な選択」や「社会への疑問」や「問題意識」から生まれてきているゲームも少なくないです。作りたいものを作るって姿勢が強いのかも知れませんね。でも、そうした海外のインディゲームクリエイターの中には、1980~90年代の日本のゲームに影響を受けている方が多いんじゃないかと僕は思っていて、彼らは当時の日本のゲームが持っていた「非合理な選択」をリスペクトしてくれているように感じています。僕自身そうした海外のゲーム開発の考え方や姿勢には、とても共感しています。

アカツキとして、そういう海外クリエイターの方々といっしょに仕事したいという思いはありますか?

それは思います!と、同時にそういった意識の高いクリエイターがアカツキにもたくさんいると思っています。なので、ある意味、実現できてますね(笑)。でも、海外とアカツキの志を共にしたクリエイター同士でいっしょに開発できたら、すごいものができると思います。

確かに。それが理想ですね。

アカツキは「Why」を大事にする会社です。なので、単純に売上だけを考えるようなゲーム制作ではなく、ゲームを通して世の中に何を届けたいのか?という想いを非常に大事にしてくれています。そういった意味では、マネタイズのジレンマに縛られ過ぎず表現の模索が可能な環境だと思います。これは、とても素晴らしい強みだと思っていて、ぜひ海外のインディーにも負けないような尖ったゲームを出せるようになりたいですね。とはいえマネタイズも大事ですけど(笑)。