INTERVIEW

01 02

湯前 慶大

Chief of Staff, Games

研究職を経て入社したアカツキで念願のチーム開発を経験

INTRODUCTION
クライアントエンジニアとしてアカツキに入社後、2017年4月からはVP of Engineeringとしてエンジニアチームのマネジメント業務に携わっている湯前慶大さん。更に、2020年4月よりChief of Staff, Gamesとなり、ゲーム事業の全体の組織マネージメントに携わり、活躍の場を広げている。数々のプロジェクトを渡り歩く中で直面し、悩んできたという葛藤について話してもらった。

主体的に動けそうな
開発スタイルに惹かれて

前職ではどんな仕事をされていたんですか?

日立製作所で社会インフラ向けのサーバーの研究開発を4年半くらいやっていました。そこから転職を考えるようになって、ベンチャー企業に転職しようと思っていたタイミングでたまたまアカツキを見つけたんです。すごく特徴的なビジョンや、チーム開発のスタイルが良いなって思って入社したのが2014年の10月です。前職ではチーム開発をほとんどやったことがなかったんですけど、アカツキの開発の哲学(詳細はこちら)を転職活動時に見てとても共感しました。「ここなら主体的に動ける」って思えましたね。

それまでもゲームはやられていましたか?

大好きでしたね。たくさんやっていた方だと思います。

実際に入社してみていかがでしたか?

みんなの顔が見えるというか、良い意味で規模が小さかったですね。その頃は会社も全体で40人くらいでしたから。

これまで数々のプロジェクトに携わってこられた中で、苦労やトラブルなど、特に思い出に残っているエピソードはありますか?

初めてプロジェクトマネジャーを任されたチームで、自分がインフルエンザにかかり、一時的にマネジャー不在の状況になってしまった時のことは自分の中でも大きな経験でしたね。

それは入社直後ですか?

入社して半年過ぎたくらい、参加したプロジェクトとしては2つ目の時ですね。「初めてプロジェクトマネジャーを任された」と言いましたが、アカツキとしてプロジェクトマネジャーという役割を作ったこと自体この時が初めてでした。会社としてゲーム作りの体制を整えようとしていた時期ですね。

体制を整える中で、やはり難しさもありましたか?

そうですね。プロジェクトマネジャーになる前に携わったプロジェクトでは、自分がエンジニアとして実際に手を動かしていたのでメンバーとの信頼関係も作りやすかったです。でもこの時はいきなりプロジェクトマネジャーという新しい役割で既存のプロジェクトに入ったので、みんな萎縮してしまうんじゃないかという恐怖がありました。実際に、信頼関係を築くのは時間がかかりましたね。

チームとしては当時どのくらいの規模だったんですか?

全体で60人くらい、その中で開発メンバーは20人くらいでしたね。

どのように状況を改善していったんですか?

マネジャーだからと言って偉そうな態度を取るのではなくて、「良いゲームを作る」という同じ目的のために行動しているということを示したかったので、ゲームを効率的に開発できるように僕がやれることは何でもやるようにしました。そうすることがチームやプロダクトに出来る価値貢献だと思っていたんです。だけど、僕も当時まだスキルが未熟だったこともあり、自分でやりすぎてしまっていました。すべての会議のファシリテーション、一方的なタスクのアサイン、細かな進捗管理、休日のタスクの整理……。今考えると、チームの力を信頼しきれていなかったし、チームの成熟度に僕がストップをかけてしまっていました。

そんな折、インフルエンザにかかってしまうわけですね。

「これは終わったな」って思いました(笑)。

実際はどうでしたか?

それがですね、一週間ぶりにタスクのアサイン会議に出た時に、全く変わっていたんですよ。それまでは僕1人が前に立って講義形式で一方的にタスクアサインしていました。ところが、復帰後は「じゃあ小チームに分かれて、みんなでタスク分割してアサインを決めていきましょう」と突然始まり、チームメンバーが自発的に「これは私がやります」とか「こういう業務が必要だよね」とか言いながら輪になって楽しそうに話していたんです。

チームの成熟を感じられた瞬間ですね。

そうなんです。僕はその光景にすごく感動してしまって、声を失いました。自分がいないとチームが回らないって思い込んでしまっていただけなんだと気が付いたんです。この時に「自分の目指していた理想のチームはこれだ」と思えたんです。メンバーの信頼を前提にマネジメントすることの大切さを学びましたね。